20年ぶりに新紙幣が発行された。福沢諭吉が描かれた1万円札などの紙幣にはなじみ深く名残惜しいものの、「渋沢栄一1万円札」を始めとする新紙幣3種類も楽しみだ。2024年7月3日の発行なので、すでに手にしている人もいるだろう。概要は国立印刷局の「新しい日本銀行券特設サイト(「2024年7月3日 お札が変わります」)」や、政府広報オンライン(「2024年7月3日、新しいお札が発行!」)がわかりやすい。
先述のとおり新1万円札には「生涯において500もの企業設立などにかかわり、“日本近代社会の創造者”と言われる渋沢栄一」が肖像に採用されており、新5000円札には「生涯を通じて、女性の地位向上と女子教育に尽力した教育家、津田梅子」が採用されている。そして、新1000円札については「破傷風を予防・治療する方法を開発した細菌学者で、「近代日本医学の父」と呼ばれている北里柴三郎」が採用されている。
確かに、20年間同じ紙幣が使われていれば、精巧な偽造紙幣を作成する十分な時間もあるし、用いられているのが“20年前の技術”というと、セキュリティ的に問題があるのは明らかだ。これらを払拭しつつ、さまざまな国際事情なども考慮したのが今回の新紙幣となる。
そして、今回の発行に当たっては前回の「発表から発行まで2年」という短さに比べ、5年という準備期間が設けられている。では、紙幣を扱う自動販売機や両替機、精算機、ATMなどの新紙幣の対応状況はどうなっているのだろう。気になるところだ。
財務省調査などによれば、5月時点でATMや金融機関向け機器、鉄道事業者やバス事業者の券売機、スーパーマーケットの釣り銭機などはおおむね8~9割の対応が進んでいるという。主な理由は、ソフトウエアの更新で新紙幣に対応可能な機種が主流となっているから、だそうだ。
このコラムで何回か扱ってきたキャッシュレス決済(「2023年のキャッシュレス決済比率は39.3%に。今後の動向は?」)と新紙幣との関係性も気になるところ。ただ、いくらキャッシュレス決済が盛んになっていても「紙幣の発行枚数が減っている」わけではなさそうだ(財務省「日本銀行券の製造枚数」)。
背景として、日本銀行の「新しい日本銀行券の発行について」では大きく2点が挙げられている。1つは「決済のキャッシュレス化が進展するもとでも、現金への需要は根強く、誰でも、いつでも、どこでも、安心して使える現金は、引き続き、決済手段として大きな役割を果たしていくものと考えられる」ことだ。筆者の日常においても、確かにまだまだ現金への需要は根強いと感じる。停電時や災害時など以外にも、持っていると安心する部分もあり納得だ。
もう1つが「現行券の発行開始(2004年11月)から相応の期間が経過し、この間の印刷技術の進歩等を踏まえて、今後とも、日本銀行券の偽造抵抗力を確保していく必要があると考える」という点だ。新紙幣の発行の主な目的は、先述のとおり「偽造防止」だ。そして「ユニバーサルデザイン」が挙げられている。その偽造防止技術には、「深凹版印刷(インキを高く盛り上げる印刷技術)」や「高精細すき入れ(世界初)」、3Dホログラム技術(肖像画が3次元に見えて回転してそれ以外の図柄も見る角度で変化。こちらも世界初)、さらに特殊発光インキなどが用いられている。ユニバーサルデザイン面でも「見て」「触って」わかる「券種別の識別性を高めるデザイン」として、額面数字の大型化や識字マークをより分かりやすくするなどの工夫がなされている。
ところで、新紙幣発行の目的はもう1つあるのではないか、とも考えられる。それは新紙幣発行によって“旧札で蓄財されたお金の所在などを明らかにする”点だ。一般的に、現金はその明確な追跡が困難であることから犯罪(身代金の受け渡しなど)や脱税、そしてお金の出どころを不詳にする「マネーロンダリング(資金洗浄)」に用いられるケースがままある。
実際、海外ではマネーロンダリングや不正蓄財、犯罪資金調達などへの対策として、高額紙幣を廃止するといった方法での防止アプローチがある。例えば、2014年には1万シンガポールドル紙幣が廃止され、2018年には500ユーロ紙幣が廃止といった具合だ。アメリカでも100ドル札廃止に向けた動きがある。米100万ドルを1ドル札で用意すると1トン以上になるが、100ドル札ならブリーフケース1つ(10キロ)で済む。犯罪者には実に都合がよい。
こうした背景から欧州中央銀行においては、デジタル貨幣「デジタルユーロ」を提唱し、2028年以降の発行に向け、2023年11月から準備期間に入っているという(この類いは「中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」と呼ばれる。現在のところ日本銀行においてはデジタル通貨発行の予定はないものの、取り組み方針は発信している。気になる方は「中央銀行デジタル通貨」を参照してほしい)。こうした海外の動きも見据えつつ、今回の新紙幣発行に至ったと見ることもできる。例えば、今後、旧札でため込まれた数多くの現金を銀行窓口に預け入れようとする際には銀行員からお金の出どころを尋ねられるといったケースも想定されるだろう。
ただ、新技術満載でかつてないほどにセキュリティを強化した日本の新紙幣ではあるが、デジタル貨幣やキャッシュレス決済、デジタル通貨、犯罪における高額なお金、なども含めて、総合判断を行っていきたいところだ。
この機会にキャッシュレス対応も考えたい。補助金利用でコストを抑えられる場合も
企業や小売業は新紙幣への対応を行うことはもちろんだが、世界の動きも含め、今後の対応は慎重に考えたほうが良さそうだ。コロナ禍もほぼ収束し、インバウンド消費も高まっている。そうなると、新紙幣への対応より「キャッシュレス決済への対応が先決」という判断もある。
新紙幣発行のこの機会に、現金の受け入れをやめてキャッシュレス決済のみに切り替える店舗もあるという。現金の扱いをやめれば、受け渡し時に現金やお釣りを数える手間、売り上げを集計したり現金を銀行に運んだりする手間などが省ける。券売機利用の店舗なら、キャッシュレスのみに対応した券売機を導入するのも手だ。現金対応の券売機より、本体の価格も安く、運用コストもぐっと抑えられる。
しかし、新紙幣やキャッシュレス化への対応には、やはりいくらかのコストがかかる。各種の助成金や補助金利用も検討したい(受給するためには各制度の要件を満たす必要がある点などに十分留意したい)。新紙幣対応に利用できる可能性のある補助金・助成金は、「IT導入補助金」の他に「ものづくり補助金」「小規模事業者持続化補助金」「中小企業省力化投資補助金」「業務改善助成金」「働き方改革推進支援助成金」などがある。ぜひ一度内容を確認してみてほしい。
今後どうなる?傾向と対策
現代的な犯罪映画では、ブリーフケースやトラックなどで大量の現金を運ぶ場面よりも「〇〇の口座に送金しろ」などと命じる場面が多くなり、「キャッシュレス」化している。そんな感じで、時代は移り変わるもの。新紙幣への対応という点では、ハードウエアはリースやレンタルで済ませるのも1つの手だ。これらの選択肢を加味しつつ、キャッシュレス決済の利用状況や、国内外の経済事情、犯罪やサイバーセキュリティの状況、新紙幣の利用・対応状況などを見守りつつ、適切な対応を考えていきたい。
現金非対応の店舗、現金非対応の券売機導入の話など、一見、思い切ったことと思うが、方向としては、セキュリティ対策強化と省力化効率化となり、時代に合った対応ともいえる。サイバー攻撃も時代に合わせて進化しており、セキュリティ対策を定期的に見直す必要があるだろう。また、店舗に何台か券売機や精算機を置く場合、現金非対応と対応のものを設置、利用状況に応じて、台数を変更していけばさらに効率的かも、などと思う。
新紙幣への対応を含めたキャッシュレス決済システム、その他セキュリティシステムの導入などに関しては、キーワードを組み合わせてWeb検索すると数多く出てくる。最寄りのベンダーへの相談も有効だろう。公共の窓口ならば「みらデジ」「IT経営サポートセンター」、最寄りの商工会議所のデジタル化相談窓口がお勧めだ。補助金制度の利用なども併せて相談できる可能性もある。
なお、余談ではあるが、新紙幣の利用については、しばらく起こる混乱も想定し、慎重に行動したい。例えば、「従来の紙幣が使えなくなる」などの誤情報や詐欺行為にも注意しよう。
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