さて、ではなぜ記者は「官房長官は」と書かず、「政府首脳は」と書いたのでしょうか。実際、他の記事では「官房長官は」と書いているのです。もちろん、「官房長官なんていう難しい言葉を使うと読者には分かりにくいから言い換えよう」などという親切心からではありません。
実は、記事中で主語が曖昧にされているときは、発言が「オフレコ」だったことを意味しています。
オフレコとは「オフ・ザ・レコード」、つまり記者が「記録しない」という約束をする代わりに秘密や言いにくい本音を話してもらうという取材方法です。
オフレコ取材では、記者はその場でメモを取ったり、録音したりしてはいけないルールです。ほとんどの場合、取材が終わってから記憶を頼りに備忘録のようなメモを作りますが、その場で話を聞きながら記録してはいけないのです。言い換えると、その人がしゃべったという決定的な証拠は残さない条件で、話を聞くわけです。
オフレコ取材では、記事を書くときに話した本人(情報源)が誰なのかを書いてはいけないルールです。ただし、主語を「政府首脳」「同社幹部」「関係者」などと、発言者が特定されない形にすれば記事にしていい、というケースもあります。
その場合、発言者は「誰がしゃべったか数人レベルまでは絞り込めるが、完全には特定できないという状況であれば記事にされてもいい」と考えて取材に応じているのです。当然、記事に書かれた発言内容の真偽や政治性についても、それを前提に読み取るべきでしょう。
実は、記者会見やインタビューなどを除けば、ニュースを追う記者がしている取材の半分かそれ以上がこのオフレコ取材です。
代表的なのが、俗に「夜討ち、朝駆け」と呼ばれる取材です。これは「夜回り、朝回り」とも言い、政治家や官僚、警察官、企業幹部などの家をアポなしで訪問し、非公式に話を聞く取材方法です。
というのも、役所や会社で「公式に」話を聞くと、ほぼ必ず秘書官や広報担当者が同席します。これでは秘密の話は聞けません。そこで、帰宅時や出勤時を待ち構えて取材するわけです。
一方、一切記事にはしないという約束をする場合は「完全オフレコ」、略して「完オフ」などと言われます。この約束をして聞いた話は、たとえ主語を「首脳」などにしても記事にしてはいけません。
さて、オフレコ取材を元にした記事などで使われる主語の言い換えには、「政府首脳」以外にどんなものがあるのでしょう。
例えば政治記事には、時々「政府高官」が登場します。これは高い確率で「官房副長官」を意味します。ただし、これも政府首脳と同様、官房長官である可能性もあるので特定はできません。
「首相周辺」は、さらに特定が困難です。ただ、首相の秘書官などを指すケースが多いようです。
「幹部」という言葉は、組織によって意味が異なります。例えば財務省や厚生労働省といった中央官庁の場合は「課長以上」を指します。企業に勤めている人にとっては、課長を幹部と呼ぶことには違和感があるかもしれませんが、中央官庁では大きな権限を持つ役職です。
「首脳」「幹部」「高官」が主語の場合の注意点… 続きを読む
執筆=松林 薫
1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当。経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。2014年に退社。11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)『迷わず書ける記者式文章術』(慶応義塾大学出版会)。
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