文房具店のノート売り場には、さまざまなデザイン、紙質、大きさの商品がズラリと並んでいます。その中でも、定番となっているのがコクヨの「キャンパスノート」。学生時代、あるいは社会人になってから一度もキャンパスノートを使ったことがないという人は少ないのではないでしょうか。
キャンパスノートの発売は1975年。これまでに累計31億冊以上の販売冊数を記録している、ノートのロングセラー商品です。
キャンパスノートには、ルーツとなっている商品が2つあります。1つは、1959年にコクヨが発売した背のある無線綴(と)じのB5ノートです。この商品を開発した当時、ノートの主流は複数の紙を糸で留める糸綴じ(かがり綴じともいう)ノートでした。ノートを開くと、真ん中のノドの部分に糸が見えるのが糸綴じノートです。
この糸綴じノートは、普通に書くには特に問題もありません。また、強度に優れているという長所もあります。ただ、糸綴じノートはノートを開くとページが山なりに膨らみます。そのため、若干書きにくいという側面がありました。
それまで帳簿や伝票などの製造を中心に事業を行い、ノートの分野では後発だったコクヨは、ここに目を付けました。ページが山なりに膨らまず、平らに開くようになれば、使い勝手が少し良くなる――。この細かな使い勝手に、商機を見いだしたのです。
糸綴じに代わる綴じ方の研究を進めた結果、たどり着いたのが無線綴じでした。無線綴じは糸を一切使わず、中紙を背表紙にのり付けしてとじる方法です。無線綴じだとノートを開いたとき、ページが山なりに膨らまずフラットになります。また、糸綴じだと片方のページを破くともう一方のページも外れてしまいますが、無線綴じだと片方のページを保存のために破いても、もう一方のページは外れることがありません。
ただ、無線綴じは糸綴じよりも強度に劣り、紙がバラけやすいという欠点がありました。そこでのりの材質、塗り方などに工夫を凝らし、糸綴じに負けない強度が出るようにしました。キャンパスノートも、1959年の無線綴じノートで採り入れた無線綴じを採用しています。しかし、のり付けの工程は企業秘密。工場見学でも、この工程は見られないようになっています。
1959年の無線綴じノートがキャンパスノートの綴じ方の原点だとしたら、コンセプトの原点になったのは1965年に発売された意匠ノートです。このノートの綴じ方は、左右の紙のとじる部分に穴を開けて、そこにらせん状の針金を通してつなぐ「スパイラル綴じ」という方法。大きなセールスポイントは、表紙に人気イラストレーターの絵や写真を用いたことです。中でも人気を博したのが、欧米の有名大学のキャンパスの写真を使った「世界の学府シリーズ」。美しいキャンパスで学生生活を楽しむ欧米の大学生の姿は、当時の日本の学生の憧れをかき立てました。
この意匠ノートで用いたキャンパスのイメージと無線綴じを組み合わせ、洗練されたイメージと高い実用性を持つノートをと開発されたのが、キャンパスノートです。
1975年にキャンパスノートが発売されると、フラットに開ける使いやすさと高いデザイン性で、小学生から大学生まで幅広い層の支持を受けました。
マイナーチェンジのたびに使いやすさを追求… 続きを読む
執筆=山本 貴也
出版社勤務を経て、フリーランスの編集者・ライターとして活動。投資、ビジネス分野を中心に書籍・雑誌・WEBの編集・執筆を手掛け、「日経マネー」「ロイター.co.jp」などのコンテンツ制作に携わる。書籍はビジネス関連を中心に50冊以上を編集、執筆。
関連のある記事
連載記事≪ロングセラー商品に学ぶ、ビジネスの勘所≫
- 第1回 マイナーチェンジを重ね、時代に合わせるバスクリン 2018.12.20
- 第2回 時代を捉え続けるボンカレーのたゆまぬ進化 2019.01.29
- 第3回 国産高級車「センチュリー」が守り続けていること 2019.02.26
- 第4回 地域の名物考案の先駆者、夜のお菓子「うなぎパイ」 2019.03.26
- 第5回 「定番」と「新しい東京」を見せ続けるはとバス 2019.04.23
- 第6回 オフィスを飛び出したマックスのホッチキス 2019.05.28
- 第7回 ポッキーを生み出した「2センチの飛躍」 2019.06.28
- 第8回 UCC缶コーヒーをブレークさせた「万博への攻勢」 2019.07.23
- 第9回 会長・社長・社員で生み出した「ごきぶりホイホイ」 2019.08.20
- 第10回 付加価値を積み重ねたチョコボールの戦略 2019.09.17
- 第11回 細かな工夫の大切さを教えるぺんてるのサインペン 2019.10.15
- 第12回 世界的ベストセラー「カップヌードル」が芽吹いた日 2019.11.19
- 第13回 商品の改良アイデアから生まれた「リポビタンD」 2019.12.17
- 第14回 わずかな縁(えん)を生かした木村屋のあんぱん 2020.01.21
- 第15回 1962年から続く「ホテルオークラ」の伝統美 2020.02.25
- 第16回 ブランド価値を保ち続ける「牛乳石鹸」の赤と青 2020.03.24
- 第17回 “音楽を楽しむ”で世界に広がったヤマハ音楽教室 2020.04.28
- 第18回 大胆な再挑戦が生み出した世界の足「スーパーカブ」 2020.05.29
- 第19回 日本に合わせた改良が成功したミルクキャラメル 2020.06.23
- 第20回 拡大の末にたどり着いた集中の対象、かっぱえびせん 2020.07.28
- 第21回 「551蓬莱の豚まん」の大阪らしさと全国的知名度 2020.08.25
- 第22回 微細な使いやすさを追求したキャンパスノート 2020.09.25
- 第23回 レトロな浅草を訪れる感情にマッチした「花やしき」 2020.10.27
- 第24回 次代を見通す目が生んだシヤチハタのXスタンパー 2020.11.18
- 第25回 昔からのこだわりから脱却した「シャウエッセン」 2020.12.21
- 第26回 プッチンプリンをロングセラーにした「原点回帰」 2021.01.18
- 第27回 折る刃式カッターナイフのヒントは路上にあった 2021.02.15
- 第28回 求められるタイミングを待っていた「ポカリスエット」 2021.03.15
- 第29回 社員の欲求から生まれた「アンメルツ」と「ヨコヨコ」 2021.04.19