そうした中、社会復帰のハードルに直面する退役軍人に対し、最新のモノづくり技術を教え、高度なスキルワーカーに育てる非営利組織「ワークショップ・フォー・ウォリアーズ」が注目を集めています。
ワークショップ・フォー・ウォリアーズは、米海軍の元軍人で、アフガニスタンとイラクの実戦に参加した経歴を持つハーナン・プラド氏が、2008年に設立しました。プラド氏は、除隊して社会復帰をめざす同僚の多くが仕事を見つけられず、経済的な困難に直面しているのを知り、ワークショップ・フォー・ウォリアーズの設立を思い付きました。
退役軍人の失業率が高い理由については諸説ありますが、多くの研究者が指摘するのは、退役軍人の“つぶしの利かなさ”です。軍隊という高度に専門的な組織に属する軍人は、戦争という非日常的な行為に特化した組織の構成員であり、組織に最適化するほど社会適合性を失う傾向にあります。
また実戦での負傷やPTSD(心的外傷後ストレス障害)なども一般的なキャリアづくりのハードルとなり、社会復帰を難しくさせています。特に若年層の退役軍人には、コンピューターやIT技術・スキルが不足しており、実社会における雇用とのミスマッチが生じているという指摘もあります。
ワークショップ・フォー・ウォリアーズは、創業者プラド氏が、ワシントンD.C.の自宅ガレージを友人の退役軍人たちに開放し、工作機械を自由に使えるようにしたのが始まりです。
軍隊で医療行為を担当する衛生兵だったプラド氏の自宅には、負傷した軍人たちがよくリハビリに訪れており、その際に軍人たちが工作機械の使い方を学んでいたそうです。プラド氏はその後バージニア州、ミシシッピ州の基地へ転属しましたが、そこでも自宅ガレージを同様に開放し続けました。
2008年までには、ミシシッピの自宅ガレージに各種の工作機械が集められ、モノづくりの現場で即戦力となる人材の育成施設のようなものが出来上がりました。同年、プラド氏は正式に事業を立ち上げ、ワークショップ・フォー・ウォリアーズが産声を上げました。
同社はやがてカリフォルニア州サンディエゴへ移転、倉庫を借りて、現在のワークショップ・フォー・ウォリアーズの原型を完成させました。立ち上げ資金を確保するため、プラド氏は自宅の他、自動車やオートバイなどを売却したそうです。
参加費は「完全無料」、就職率は「100%」
自宅ガレージから始まったワークショップ・フォー・ウォリアーズですが、参加者に最新のCAD/CAM技術やCNC(コンピューター数値制御)マシンなどを教える16週間の教育プログラムを提供するなど、このワークショップで身に付く技術の幅は現在大きく広がっています。
現在の施設は、1万平方フィート(約281坪)のスペースに11台のCNCマシン、18の溶接ブース、CAD/CAMソフトをインストールしたパソコンなどが設置されています。年間120人の卒業生を輩出し、就職率は100%に達しています。あまりの人気のため、約500人という退役軍人が順番待ちをしている状態です。プラド氏は今後施設を4倍に拡大し、年間卒業生を450人にすると意気込んでいます。
CAD/CAM分野では大手CADソフトメーカーのソリッドワークスと共同でプログラムを開発し、修了者にソリッドワークスの認定資格を与えています。これまでにワークショップ・フォー・ウォリアーズから116名のソリッドワークスの認定資格者が生まれています。
教材費を含むプログラムの参加費は完全無料となっており、運営費は企業や個人からの寄付金でまかなわれています。本プログラムには、航空機部品メーカーのグッドリッチ・エアロストラクチャーズをはじめ、フォード、ボーイング、モトローラ、バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェースといった米国を代表する企業が多額の寄付金を提供しています。講師やスタッフなどもボランティアで参加する人が多いことも、ワークショップ・フォー・ウォリアーズの特徴です。
「ものづくり」という、新たな戦いの舞台へ
米フォード財団の調査によると、現在、米国の製造現場では、230万人のハイスキル人材が不足しており、米製造業の構造的な問題になっています。ワークショップ・フォー・ウォリアーズは、人材不足に悩むモノづくり企業の人材確保と、退役軍人の社会復帰を同時に実現する、「社会起業」の見本のようなケースといえるでしょう。
ワークショップ・フォー・ウォリアーズは、今後2年間で約2100万ドル(約24億円)を集める資金調達キャンペーンを行っており、2017年中に新たな拠点へ移転する予定です。
かつては銃を手に戦場の最前線に立っていた軍人たちは今、最新の技術を手にものづくりの最前線に立ち、新たな闘いに挑もうとしています。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年3月13日)のものです