経営に生かす「失敗学」(第5回)形重視が日本の問題─業務効率化も大切

経営全般 スキルアップ

公開日:2023.04.20

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 アメリカのプレゼンテーションは、最初に気の利いたジョークで笑いをとることがよくあります。私は工学者なので、工学系の学会や講演会に参列する場合が多いのですが、皆芸人ではないので、そうそうウイットに富んだ小話が即興で出るわけではありません。プレゼンテーションを練習するとともに、ジョークを一生懸命に考えるのです。

 あるアメリカ機械工学会の国際大会で、中国人女性がプレゼンテーションの冒頭にジョークで笑いを取りました。いわく「ヨーロッパは伝統に押しつぶされて弱まり、日本は業務の煩雑さで競争力をなくし、アメリカはお互いを訴訟し合うことに忙殺される。これからは中国の時代だ」。

 アメリカでのプレゼンテーションだったので、パンチラインは、訴訟社会のアメリカを皮肉ったところですが、参加者は大いに笑わせてもらいました。しかし私たちは、日本の業務の煩雑さが、ジョークになるくらい国際社会に知れ渡っている点に、危機感を覚えるべきです。

横並びの日本社会

 1998年12月施行の特定非営利活動促進法(注1)の波に乗り、失敗学会はNPO(非営利組織)としてスタートしました。ネットの情報を頼りに設立準備会を開催したのが2002年5月21日。それから半年かけて、ようやく東京都に設立が承認されたのが11月の終わりでした(注2)。

 当時設立に奔走した私は、ネットで開示されていたNPO定款のひな型はあくまでも参考のものであり、自分たちの事情に合わせて適宜記述を変更したうえで設立を申請するものだと思いました。特に総会の表決では、法人、個人の会員が「書面をもって表決」とあったのを、電子的に表決できるように文面を変えて申請しました。これが東京都の承認に引っかかりました。

 当時、封書は80円。送信と返信に160円はかかります。個人・法人を合わせて1000人近かった会員とこのやり取りを行うだけで、10万円は軽く超えます。私たちが送った封書を手にすれば、誰でも返信できてしまうのに対し、ネットにはログインの仕組みを作ってあるので、より確実だと説明しても受け入れられず、ついには当時カタカナが残っていた民法まで持ち出されて面食らいました。

 公開されているひな型は、名称と住所、目的と事業内容のみを変えるだけで、ほかはその通りに使用するものだとこのとき学習しました。先ごろの改正でも、指導された通りの文面に定款を変更してことなく終えました。しかし、予算が限られたNPOでは、収入もない総会にそんなにコストをかけられません。2年目は料金別納のバーコードを会員ページに作成し、会員に印刷をお願いしてコストを半減しました。

 しかし、これが面倒だったのでしょう。総会が成立するための正会員過半数の表決をかき集めるのに苦労しました。その翌年はネットでの表決を、事務局で印刷して書面にすることに同意していただき解決しました。ただし、本当に1表決を1枚のA4紙に印刷するので、資源の無駄です。さらに会員資格の更新が遅れれば、資格を一時的に失効させ、真剣に継続を希望する会員に絞って表決者の過半数達成をしやすくしました。全国のNPOは同じ仕組みに従って活動をしなければならないのです。

前例がなければ認められない

 失敗学会を立ち上げた頃、20数年ぶりに日本に出張ベースで戻っては仕事をしていました。当時、理屈が通れば業務を合理的に進めるのは問題なく認められるものと思っていました。あるとき、その出張がお正月時期に重なり、ピークを避けて航空券を購入すれば、値段が3分の1程度で済むと分かりました。日本で待機中はホテルではなく、実家に滞在して食事代の日当も不要として申請したところ、これが通らないのです。来日は仕事の直前、仕事が終わればさっさと帰らなければならないとのことでした。出費が3倍になっても、そうしなければ国民が納得しないとの理由でした。

 私たちの社会は他国に比べてスピードは遅いものの、確実に進化を遂げているのは、前例がなくてもどこかで物事を進める力が働いているからでしょう。例えば、2021年に開催された東京オリンピックのネットからのチケットの購入申し込みシステムは、1998年の長野オリンピックのときにはありませんでした。使ってみると分かりづらく、一方的に「気が変わって第2希望の申し込みの競技を変えると、第1希望の申し込みが消えるかもしれない」というなんとも歯がゆい警告メッセージに悩まされました。

 このように問題があっても、新しいことに挑戦し、失敗を経験してより良い解決法を見つけなければ世界に取り残されてしまいます。役所や企業の業務も、慎重であっても構いませんが、前例がないからといって業務改善の扉を閉ざしてしまうのではなく、効率的な進め方を考えてほしいものです。

職人・権威への敬意…

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執筆=飯野 謙次

東京大学、環境安全研究センター、特任研究員。NPO失敗学会、副理事長・事務局長。1959年大阪生まれ。1982年、東京大学工学部産業機械工学科卒業、1984年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、1992年 Stanford University 機械工学・情報工学博士号取得。

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