経営に生かす「失敗学」(第10回)失敗を予見するために知恵を使う

経営全般 スキルアップ

公開日:2023.09.12

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 人間の脳は集積容量に限度があり、忘却、勘違いという問題を抱えています。そこで、不完全な人間の脳内の情報を保管するものとしてデータベースの活用が有効です。データベースは知識を集約するとともに、探している事例を検索するツールも提供しています。

 また、私たちの活動を支援するものとして、何かを始める前に大きな問題を起こしそうな要因はないかを確認する「チェックリスト」、不具合の頻度と影響の大きさから対処が必要な問題を見つける「リスクマトリックス」など、さまざまなツールが有効活用されています。

 しかし事故は起こります。単純な見落としが原因の場合もありますが、どれだけ周到に事前準備をしても、問題の予見を行う解析は実行者の知識に限られているからです。つまり、分析の実行者が考えを尽くしたつもりでも、分析を行う人やグループの知識や考えに想定範囲が限定されているのです。考えてみれば当然でしょう。

 この先天的限界を打ち破るにはどうすればいいのか。それに関連する失敗知識データベースが持つ可能性を解説して本連載を締めくくりましょう。

失敗知識データベースの限界

 複数の工学者や知識人が結集して構築された失敗知識データベース(注1)ですが、そのデータ構造には、将来を見通した工夫があります。それは、それぞれの失敗事例を短い言葉の連鎖で表現したシナリオです(注2)。シナリオは、失敗事例の原因、行動、結果を表現しますが、その中でも原因についての記述が、同じ失敗を繰り返さない仕組みを考え出す際のキーとなります。

 シナリオの原因部分を構成する言葉は、最上位概念に10個、次の上位概念に27個の言葉を定義して、分野をまたいで統一しました。これら37個の言葉を、最上位概念を中心に円状に配し、その外側に下位の27個の言葉を配したのが前回(第9回)で示した失敗原因のまんだら図です。

 これにより、紙に印刷されたりコンピューター画面に表示されたりするときは文字列となっていますが、各概念を記号や数字と1対1対応で定義すれば、コード化された抽象概念として扱うことが可能です。

 これら失敗原因のまんだらに使用されている37個の言葉のそれぞれを、知識、注意、判断、組織、自然の5つの観点で評価すると、各言葉を5次空間のベクトルで表現できます。そしてそれらの言葉がシナリオの原因部分に登場するとき、シナリオ内の順番で重み付けをすれば、一連の言葉の連鎖を言葉に対応するベクトルの線形結合とみなすことができます。

 すなわち、各失敗事例の原因特性を5次元ベクトルで表現できます。このような数学的な扱いによって、事例間の類似度を計算できます。2つの事例があって、それぞれの特性ベクトルの大きさを1とすると、同じ方向を示していれば内積が1となり、全く違う方向、2次元では90度の方向を向いていれば内積がゼロになります。この内積が2つの事例間の類似度というわけです。

 これまで事例情報を読んで解釈した人間の脳の働きによって、この事例とあの事例は似ているね、と感覚でしか評価できなかったものが機械的に評価できるようになりました。こうして、過去の失敗事例を集積した失敗知識データベースでは多数の事例の特性をベクトル表現し、類似性も定量的に評価できるようになりました。

 少し整理がついたのですが、失敗知識データベースはあくまでも過去事例の集合体に変わりはありません。問題は、設計者が自分の新しい開発設計を終えたとき、あるいは企画者が新しい企画案をまとめたとき、自分の設計や企画に問題がないか、失敗知識データベースやその他の不具合情報集を見ないという点。また、リスクマトリックスなどのツールを使って自分の計画を評価しても、その評価の範囲は自分が思いつく範囲に限られている点です。

設計者の意図を再構築する…

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執筆=飯野 謙次

東京大学、環境安全研究センター、特任研究員。NPO失敗学会、副理事長・事務局長。1959年大阪生まれ。1982年、東京大学工学部産業機械工学科卒業、1984年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、1992年 Stanford University 機械工学・情報工学博士号取得。

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