これからのビジネスをつくるための「サービスデザイン思考」(第6回)未来への問いは、批判精神から生まれる

経営全般 スキルアップ

公開日:2023.07.10

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イノベーションは、欲望という名の非合理が生みだす

 前回のコラムでは、顧客の「心の声」をすくい上げるにはどうすればいいか、について考えました。一般的な消費者は、自分が本当に欲していることの95%を意識できていないので、無意識下の欲求や欲望を理解することが革新的な価値の提案につながる大きなヒントになるのを理解いただけたと思います。

 企業のイノベーションを支援するコンサルティング会社として著名なドブリン・グループ(現在はデロイトが買収)共同創業者のラリー・キーリーは、革新的な製品を実現する際に欠かせない重要な視点として、①フィージビリティ(技術的に何が実現可能か?)、②バイアビリティ(十分な市場性はあるか?)、③デザイアラビリティ(顧客が本当に欲しているものは何か?)の3つを挙げています。

図1:イノベーションを生み出す3つの視点(ラリー・キーリーの概念を基に筆者作成)

 ラリー・キーリーはこれら3つの視点のうち、飽和的な市場や経済状況の中でブレークスルーを引き起こすために最も重要なものとして③デザイアラビリティを挙げています。“desirability”という語が示すように、革新の原動力になるのは顧客にとってすでに自覚されたニーズや問題ではなく、無意識化に深く潜んでいる欲望(desire)だと言えます。

 では、なぜニーズや問題として自覚されるもっと手前の段階である欲望の多くは自覚されず、無意識下に潜んでいるのでしょうか。それは、そういった類いの欲望は既存の価値観や常識から見ると合理的ではない場合が多いからです。ここでいう「合理的」とは、「理屈で説明がつく」といった意味で用いています。つまり合理的とは、何かしらの解決策があるとして、それが求められる理由や原因がハッキリ分かっており、なぜその解決策が正しいのかを説明できる状態です。

 そういった合理的に説明がつくものの多くは、すでにニーズや問題として顧客が自覚できています。企業もそれらのニーズを充足することや、問題を解決することで顧客がより満足することを理解できます。

 しかし、無意識下の欲望は、合理的に説明がつくようなレベルのニーズや問題とはまったく異なる次元で湧きあがりつつある「未来のニーズや問題」のようなものなのです。ですので、それらは現時点で常識とされている価値観や顧客ニーズの延長線上には見えてこないのです。つまり、既存の価値観や常識を疑い、うがった見方で顧客の無意識の中で生まれつつある欲望を見つめる視点が必要になります。このような視点が「批判精神」なのです。

「批判精神」で欲望をあぶりだす

 批判という言葉は、特に日本ではネガティブな意味として使われることが少なくありません。例えば相手を非難したり、意見を否定するといったニュアンスです。しかし、批判がさし示す本来の意味はもっと建設的なものです。

 以前のコラムでも紹介した「意味のイノベーション」を提唱するロベルト・ベルガンティは、意味のイノベーションにおける2大原則の一つとして批判精神を挙げています(もうひとつの原則は「内から外へのイノベーション」)。

 ベルガンティは、批判の意味を次のように説明しています。

批判精神とは、否定的になることではない。より深く関係性を探り、緊張状態を生み出し、差異を議論し、新たな秩序を見つけるために、モノゴトをシャッフルし直すことなのだ。

(『突破するデザイン』 日経BP社, 119頁)

 つまり本来の批判とは、従来常識とされている価値観を疑い、目を凝らして新たに生まれつつある変化を見いだすことで、既存の価値体制にくさびを打ち込み、新たな価値の芽生えを見いだすことなのです。これはある意味で、マーケティングの世界でよく言われる「インサイト」を見いだす行為そのものだとも言えるのではないでしょうか。そして、本来の批判を実践するためには、顧客が求める現状のニーズや問題に対して同じレベルで応答するのではなく、そこからあえて距離をとって「よく見る」ことが重要になるのです。

「お客さまは神様」という考えからの脱却…

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執筆=井登 友一

株式会社インフォバーン取締役副社長/デザイン・ストラテジスト。2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力し、関西の大学を中心に教鞭をとる。京都大学経営管理大学院博士後期課程修了 博士(経営科学)。HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長。日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト。

【T】

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