鎌倉投信 取締役・資産運用部長 新井和宏氏
投資判断の基準は「いい会社」であるかどうか。金融の力で社会課題の解決に挑む。
――社会から求められる「いい会社」に長期で投資をする投資信託「結い2101」の運用を開始してから7年です。どのような成果がありましたか。

神奈川県鎌倉市にある古民家が本社。日本の良さが実感できる社屋で働く(写真:鈴木 愛子)
新井:おかげでお客さまは1万7000人を超え、運用額はもうすぐ300億円になります。この間、ホームページなどを除き広告宣伝費をほとんど計上したことがありません。つまり口コミでお客さまが集まってくれたわけです。
事業性と社会性の両立をめざす会社、社会課題を解決する会社を応援する仕組みをつくるというのは、当初はなかなか理解を得られませんでした。はたから見たら無謀な挑戦が成立したのは、やはり社会がそれを求めていたからでしょう。今ではESG(環境・社会・ガバナンス)投資に注目が集まるようになりました。ようやく僕らの存在を認めてもらえる時代になったのかなと感じています。
「結い」とは、みんなで何かをすることです。僕らはお客さまと一緒に22世紀をどうやってつくっていくのかにチャレンジしています。「お金だけの関係性にしない」というのが、僕らのテーマです。お金だけの関係性になると、人は一番もうかることにしか興味がなくなってしまいます。それは不自然なことで、社会が成り立たなくなってしまいます。世の中にはすぐにもうかるものと、地域や社会との信頼関係といったすぐにはもうけにつながらないけれど大切なものがあります。それをどうバランスさせるかがチャレンジだと思っています。
お客さまが投じたお金が「いい会社」を通じて社会の役に立つ。そして「いい会社」が成長し、豊かになればお客さまの心が豊かになる。「資産の形成」「社会の形成」「心の形成」をかけ合わせたものが、投資の果実としての「幸せ」というリターンになって還元される。これが僕らの考えるリターンの定義です。
――2101は22世紀の最初の年を指すんですね。
新井:今生きている人は、きっとみんな生きてないですよね。僕らがつくりたい社会を、次の世代につないでいくための枠組みです。
「鎌倉投信ファミリー」になりたい
――投資先の企業の人がメガバンクの人から「結い2101の投資先に選ばれてよかったですね」と言われたエピソードが書籍で紹介されています。鎌倉投信が投資先に選んだことで、その企業の信用力が高まるということですね。
新井:僕らのゴールは、株式を上場する以外の選択肢を企業に提供できる存在になることです。上場しないと資金調達できないという環境を変えていけば、金融業として社会的な意義が出てくるのではないかと考えています。
(投資先の1つである)日本環境設計の岩元美智彦会長は、「鎌倉投信ファミリーになれてうれしい」と言ってくれました。日本環境設計には大手のベンチャーキャピタルが投資しているので、うちからの投資を受けなくてもよいはずなのに。それが僕らのバリューではないかと考えています。
――「いい会社」に投資するといっても、株価の予測はしないし、「経営者に資質があれば数字は後から付いてくる」と言い切っています。そんな丼勘定で大丈夫なのですか。
新井:それについては、結果の数字を見ていただくしかありません。2013年には、格付投資情報センターが運用効率の高い投資信託を表彰する「R&Iファンド大賞2013」の国内株式型部門で最優秀ファンド賞に選ばれました。翌年も優秀ファンド賞に選ばれています。社会に求められる会社に投資することでリターンを上げられる時代になったことを示しているのではないでしょうか。
――投資して失敗したことはないのですか。
新井:当然あります。「いい会社」は、会社の大小に関係なく存在しますし、特にうちはベンチャー企業に投資する機会が多いですから。現在、61社に投資していますが、他社に買収されたケースも含めてこれまでに投資先からはずれた会社が6、7社あります。
日本でなぜベンチャー企業に資金が回らないのかというと、投資家が失敗したくないからです。投資先が倒産したりすると不安になるので、大企業に投資をする。しかし分散投資している複数の会社が全体として利益を上げればよいのです。
中には価値が半分になったり、ゼロになったりする企業もありますが、倍になっている企業の方が多ければ全体のリターンは高まります。全体としてお客さまに利益をお返しし、自分たちがめざそうとする社会に近づいているのであれば、多少の失敗はあってもいいと思っています。
「いい会社」は数値化できない… 続きを読む
新井 和宏(あらい・かずひろ)
1968年生まれ。92年、東京理科大学工学部卒業、住友信託銀行(現・三井信託銀行)入社。2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)に入社。2008年11月、元同僚と4人で鎌倉投信を創業。著書に『幸せな人は「お金」と「働く」を知っている』『持続可能な資本主義』『投資は「きれいごと」で成功する』がある。
関連のある記事
連載記事≪トップインタビュー≫
- 第1回 基本を磨いて、結果出せる集団に 2015.07.01
- 第2回 会社を成長させるには、まず社員を喜ばせなさい 2015.07.01
- 第3回 失敗を許容するリーダーが強い 2015.07.10
- 第4回 社長は悪人でも務まる。利益を出す力があれば 2015.07.17
- 第5回 常に他社と違うものを求め挑む 2015.08.06
- 第6回 良い社風には良い社員が集まる 2015.09.03
- 第7回 “まごころ”重視の経営が利益を生む 2015.10.01
- 第8回 凹んだ時期は新機軸で乗り切る 2015.11.05
- 第9回 「社員大事」の経営で利益生む 2015.12.03
- 第10回 会社への「共感」がお客を呼ぶ 2016.01.07
- 第11回 お客の利益優先で商売繁盛 2016.02.04
- 第12回 「蛮勇」の精神でアジア市場へ積極的に進出 2016.03.02
- 第13回 マニュアル武器に卵を世界に拡大 2016.04.06
- 第14回 人を喜ばせれば自分に返る 2016.05.11
- 第15回 中小企業こそ「ダントツ」磨こう 2016.06.07
- 第16回 地方企業は考える。だから強い 2016.07.06
- 第17回 「どうせ無理」を無くして中小企業が宇宙に挑戦 2016.08.03
- 第18回 弓道を経営に生かし、業績2倍 2016.09.07
- 第19回 生産性と顧客満足の二兎を追う 2016.10.05
- 第20回 最古の会社、「本業を磨く」で復活へ 2016.11.02
- 第21回 「建設会社のせがれ」の地域再生秘話 2016.12.07
- 第22回 商品力の源泉は社員と顧客 2017.01.11
- 第23回 ホテル経営からロボット開発へ 2017.02.01
- 第24回 経営者不在でも動く社員を育てる 2017.03.01
- 第25回 心がプラスならうまく運ばれる 2017.04.05
- 第26回 中小企業は感覚で経営する 2017.05.10
- 第27回 モス型組織の秘密は「心+科学」のバランス 2017.06.07
- 第28回 誰が発電したかを価値にする個と個をつなぐ新電力 2017.07.24
- 第29回 再エネ市場は地域理解を得られる企業が生き残る 2017.08.24
- 第30回 経営はデザインそのものだ 2017.09.28
- 第31回 デザインはコミュニケーションツールである 2017.10.26
- 第32回 自己表現をするためにデザインは欠かせない 2017.11.30
- 第33回 ブランディングとは「共感」を集める仕組みづくり 2017.12.14
- 第34回 社会から求められる「いい会社」に投資 2018.01.25
- 第35回 発電や農業に挑むナカバヤシのチャレンジスピリット 2018.02.22
- 第36回 一瞬でコンセプトを伝えるために顧客接点を整える 2018.03.29
- 第37回 苦境の日本酒市場拡大へ菊正宗が挑む 2018.04.26
- 第38回 明快な目標設定が元気を生み出す 2018.05.24
- 第39回 文化とソフトで独自商品を売るサクラクレパス 2018.06.29
- 第41回 世界で先端技術開発を支える環境試験器のエスペック 2018.08.22
- 第42回 ロハスを徹底してブランディングに取り組む 2018.10.22
- 第43回 社会の変化を読んで、常に新しいサービスに取り組む 2019.02.20
- 第44回 脱繊維の構造改革、不退転の決意が成功のポイント 2019.03.13
- 第45回 他の追随を許さない、技術を磨き続ける椿本チエイン 2019.06.28
- 第46回 社会的な課題解決をビジネスチャンスと捉えるサラヤ 2019.09.18
- 第47回 個々の能力を最大化するオフィスづくりをめざす 2019.10.30