実例でドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、言葉の重要性を解説するケーススタディーの後編です。非営利組織における言葉による方向付けの大切さを紹介し、さらにそのメッセージの中に矛盾が含まれていないかチェックすることについてアドバイスします。
ドラッカーに学んだ先輩企業(13)「札幌市交通局」(後編)
ドラッカー教授は、非営利組織の重要性に早くから目を向けていました。1990年に著した「非営利組織の経営」において、20世紀後半以降、政府とも企業とも異なる役割を社会で果たす存在として、教会や病院、学校など非営利組織の存在感が増していることを指摘しました。さらに、そこで求められるマネジメントのあり方を説きました。
非営利組織では、言葉の重みが増す
非営利組織は一般に、営利組織と比べて収支や財政に対する意識が希薄です。そのため、顧客ニーズなどの変化への対応が遅れがちです。教授は前述の著作で、こう警告しました。
「非営利組織のリーダーたる者は成長することを知らなければならない。……(中略)……組織としての勢い、柔軟性、活力、ビジョンを失ってはならない。さもなければ組織は硬直化する」
このような非営利組織の課題は、政府などの公的機関にも当てはまります。両者には、収支などへの意識が薄く、組織が硬直化しやすいという共通点があります。自動車販売店という営利企業から、市役所という公的機関に転職した田畑さんが覚えた違和感の根本的な原因は、ここにあります。前例踏襲は、硬直化した組織に現れる典型な症例です。
非営利組織に成長する活力を生む道具として、ドラッカー教授が重視したのはミッションです。数値的な基準によるマネジメントが難しい中で、言葉を使った組織の方向付けに対して、営利組織以上にしっかり取り組まなければならないと考えたのです。
ミッションとは、自分たちが「何のために、何をやるか」を、明らかにする言葉です。組織を改革しようとするとき、幹部がモチベーションアップのスキルやコーチングなどについて学ぶのも有効でしょう。しかし、これらは「どうやってやるか」を示すノウハウにすぎません。
営利、非営利を問わず、組織をマネジメントするには、「どうやってやるか」を考える前に、「何のために、何をやるか」を、明確にしなければなりません。その意味で、幹部が使う言葉の定義付けは重要です。特に「成果」や「貢献」といった言葉を、どのような意味で使うかは、メンバーにとって「自分たちが何をやるべきか」という認識に直結します。
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佐藤 等(佐藤等公認会計士事務所)
佐藤等公認会計士事務所所長、公認会計士・税理士、ドラッカー学会理事。1961年函館生まれ。主催するナレッジプラザの研究会としてドラッカーの「読書会」を北海道と東京で開催中。著作に『実践するドラッカー[事業編]』(ダイヤモンド社)をはじめとする実践するドラッカーシリーズがある。
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