「事業承継」社長の英断と引き際(第38回)新事業に取り組む息子と共に仕事を続ける

事業承継

公開日:2022.03.31

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ニッケン刃物(ハサミの企画・製造・販売)

 事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第38回は、岐阜県関市で70年以上にわたり刃物の製造・販売を行うニッケン刃物の2代目で現会長の熊田幸夫氏の事業承継ストーリー(後編)。初代の文夫氏から事業を引き継いだ幸夫会長は2018年10月に息子の祐士社長に事業承継した。その経緯を紹介する。

熊田幸夫(くまだ・ゆきお)
1947年7月、岐阜県関市生まれ。1970年に日本大学生産工学部を卒業し、アメリカへ3年間語学留学。1973年から創業者である父親が経営する日本研削株式会社(現・ニッケン刃物)に入社し、自社商品の輸出を始める。主にアメリカ、韓国への輸出を拡大させ、1980年に代表取締役社長に就任。その後、海外からの仕入れにも目を向け、パキスタンや中国からの仕入れルートを開拓。自社工場では製造しきれない種類の刃物をそれら協力先から仕入れ始める。また、2008年に第三種医療機器の免許を取得し、ハサミ製造で培った技術を基にデンタルツール(口内ケア商品)の製造販売を始める。2018年に次男の祐士氏に事業承継した

 熊田会長には2人の息子がおり、祐士社長は次男だ。熊田会長も祐士社長も、長男が後を継ぐだろうと考えていた。しかし、長男は大手企業に就職し、結婚して東京で家族を持った。「長男が帰ってこないことが分かったので、次男が帰って来てくれないと困るなぁ」と思っていたところ、2014年に祐士社長が関市に戻って来ると申し出てくれたという。

 祐士社長も大学を卒業後、大手電機メーカーに就職していた。「兄がいたので、このまま骨をうずめる気でいました。それでも、子どもの頃から家業を身近に見てきて愛着があったので、『兄が継がないなら自分が』と関市に戻ることを決めました」と祐士社長は話す。

入社後、オリジナル商品開発で力を発揮

 家業を継ぐと決めた祐士社長は、「自分が社長になるなら、若手社員が生き生きと働ける活気ある会社にしたい」と考えていた。未来への希望を胸に戻ってきた祐士氏だが、7年ぶりに自社の工場を見て衝撃を受けた。

 「息子が帰ってきて最初に、『僕が学生時代に手伝っていた頃のハサミとちっとも変わらないじゃないか』、と言うわけです。そういやそうだな、と思いました。でも、品質を守り長く続けていることも大事だと私なりにやってきたんです」と熊田会長にも言い分はある。

アニメ「刀剣乱舞」とコラボした日本刀型ペーパーナイフ

 ただ、ハサミを作っている会社は他にもあり、「他社と同じ製品を作っているだけでは生き残っていけない」と祐士社長は考え、新商品開発に乗り出した。第1弾として祐士社長が2015年に開発したのが、若手社員とアイデアを出し合って生まれた日本刀はさみだ。この頃はインバウンド需要が旺盛な時期で、展示会を通じて観光物産の問屋と次から次へと取引が実現した。その後生まれたのが、2017年に開発した日本刀型ペーパーナイフだ。

 これが「刀剣女子」と呼ばれる日本刀ファンの女性たちの間で人気となり、SNSで拡散され、大ヒット商品となった。そのほか、「ワンピース」や「新世紀エヴァンゲリオン」などの人気アニメともコラボして、特に日本好きの海外旅行客にヒットした。主要アニメとコラボできたのは、やはり関市のブランドと70年続けてきた老舗の信頼があってこそだろう。

2018年、事務所新設のタイミングで事業承継した。左が新社長の熊田祐士氏

 熊田会長が祐士社長に事業承継したのは、2018年。「ちょうど私が70歳のタイミングでした。周りの同級生はみんなリタイアしており、私もそろそろ引退するような年齢になったんだなぁと思っていたんです。ちょうど老朽化した事務所を新設するタイミングで、移転の挨拶と同時に社長交代の挨拶も出したらいいかなと考えました。息子は34歳。私も若く社長になったので、特に迷いはありませんでした」

 事業承継して約4年たったが、熊田会長は今も毎日、8時から17時まで出社して働いている。「同級生にはまだそんなに働いているのかと笑われるんですが、やっぱり楽しいですからね。何もすることがないと言っている同級生たちを見ていると、働けることはありがたいと思います。昔からずっと懇意にしている取引先4~5社は、引き継がずにまだ私が受け持っています。ツーカーの仲ですから。先方の担当者も高齢になってきているので、相手が変わるタイミングで、こちらも変わればいいかなと考えています」と話す熊田会長の仕事への意欲は衰えていない。

現在の仕入れ先のメインであるパキスタンの工場。コロナ禍までは、熊田会長は何度も現地に足を運んでいた

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響でこの2年間は海外に行けていないが、「今年こそは仕入れ先のパキスタンに行けるかなと楽しみにしているんです。販売のほうも気になっていて、早く韓国に行きたくて仕方ない」と目を輝かせる。

 

親子ゲンカも多いが、若い世代に任せていきたい…

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執筆=尾越 まり恵

同志社大学文学部を卒業後、9年間リクルートメディアコミュニケーションズ(現:リクルートコミュニケーションズ)に勤務。2011年に退職、フリーに。現在、日経BP日経トップリーダー編集部委嘱ライター。

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