ロングセラー商品に学ぶ、ビジネスの勘所(第15回)1962年から続く「ホテルオークラ」の伝統美

スキルアップ

2020.02.25

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 東京・虎ノ門にあるホテルオークラ東京の本館建て替え工事が終わり、2019年9月、新しくThe Okura Tokyoがオープンしました。

 ホテルオークラ東京本館が取り壊されるとの発表があったときは内外から惜しむ声が聞かれました。しかし、そうした声を払拭するように、海外にもファンの多かったホテルオークラ東京本館ロビーはThe Okura Tokyoでも忠実に再現され、見事に伝統が受け継がれました。1962年に開業した日本のラグジュアリーホテルのロングセラー「オークラ」は、名前も新たに新しい時代に向かってその第一歩を踏み出しました。

 ホテルオークラ東京を造ったのは、大倉喜七郎。喜七郎の父は、大倉財閥の創始者・大倉喜八郎です。喜八郎は乾物店で事業を始めた人物ですが、のちに鉄砲商に転じ、明治新政府の兵器の調達を担って一大財閥を築きます。

 喜八郎が海外視察で米国を訪問したときのこと。当時は日本でも西洋式ホテルができ始めていましたが、サンフランシスコのグランドホテルに滞在した喜八郎は、その内装の豪華さ、洗練されたサービスに衝撃を受けます。そして、海外の賓客を迎えるにふさわしいホテルをと、渋沢栄一らと共に開業したのが帝国ホテルでした。

 喜七郎はイギリス留学を経て自動車輸入会社を設立するなど、父・喜八郎と同じように事業家としての腕を見せます。そして父から経営権を譲られ、帝国ホテルの会長に就任しました。ところが第二次世界大戦が終わると、喜七郎はGHQが進める財閥解体により、帝国ホテルの経営権を失ってしまいます。そこで、父が造った帝国ホテルに勝るホテルをと、構想を始めます。

 喜八郎の帝国ホテルは、日本の迎賓館の役割を期待された西洋式の近代ホテルでした。それに対し、喜七郎は西洋式ホテルに日本の伝統美を大きく取り入れることを考えます。喜八郎は古美術品の収集家で、コレクションを展示する私設美術館「大倉集古館」を赤坂の自邸に設けるほどでしたが、喜七郎もそれに負けないほど芸術・文化に傾倒していました。

日本の伝統美をホテルに取り入れるための苦闘…

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執筆=山本 貴也

出版社勤務を経て、フリーランスの編集者・ライターとして活動。投資、ビジネス分野を中心に書籍・雑誌・WEBの編集・執筆を手掛け、「日経マネー」「ロイター.co.jp」などのコンテンツ制作に携わる。書籍はビジネス関連を中心に50冊以上を編集、執筆。

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