偉大な先人に学ぶ日本ビジネス道(第3回)三菱の大番頭、荘田平五郎に学ぶ「発想」と「教育」

雑学

2016.08.31

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 三菱グループといえば、三菱東京UFJ銀行、三菱商事、三菱地所、三菱電機など、日本を代表する企業を多数傘下に抱える大企業グループです。その歴史の中でよく知られた人物といえば、やはり創業者の岩崎弥太郎や、弥太郎のおいで三菱財閥四代目当主となった岩崎小弥太あたりでしょうか。

 しかし、三菱グループ発展の歴史を語る上では、大番頭・荘田平五郎の存在を欠かすことはできません。今回は、三菱を近代的な組織として確立し、人材教育に尽力した荘田平五郎(1847〜1922)を紹介します。

豊後の秀才、藩校から慶應そして三菱へ

 荘田平五郎は、1847年、豊後国の臼杵藩(現・大分県臼杵市)に生まれました。藩校で抜群の秀才ぶりを見せていた平五郎は、19歳で江戸の英学塾・青地信敬塾に入門。その後、藩命によって薩摩藩の開成所と洋学局に派遣され、洋学局の講師になります。明治維新後の1870年には再度の藩命によって上京し、23歳で慶應義塾に入塾しました。

 そこで荘田の才能を見抜いたのが、慶應義塾の福澤諭吉です。福澤は入塾した荘田を教員として採用。荘田は三田の慶應本校や大阪、京都の分校で教壇に立つことになります。人材教育家としての荘田の礎は、慶應で培われたものでした。

 そして1875年、福澤が有能な実業家として一目置いていた岩崎弥太郎率いる三菱商会(三菱グループの前身)に、荘田は入社します。ちなみに、企業の新卒入社はここから始まったといわれています。

 三菱商会に入った荘田は、すぐに頭角を現しました。「三菱汽船会社規則」の策定に取り組み、さらに2年後、「郵便汽船三菱会社簿記法」をまとめて経理規定を整えました。これらにより、三菱は前時代的な大福帳経営から脱却し複式簿記へと移行。近代的な経営システムを構築していくことになります。…

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