オフィスあるある4コマ(第11回)
チャットも会議も電話もマルチタスクを1台で
2022.02.08
浅田真央さんを巡る記憶を遡ってみれば、彼女が年齢の制限により冬季五輪への参加資格を得られなかったことをとても残念に思ったという記憶にたどりつく。今回、あらためて調べてみると、それは2006年にイタリアで開催されたトリノ五輪だった。
国際スケート連盟の規定では、参加資格を得るには開催前年の7月1日時点で15歳になっていなければならなかったが、1990年9月生まれの真央さんはわずか3カ月ほど足りずに参加がかなわなかったのだ。
すでに日本中が注目するスケーターであった真央さんの五輪参加を嘆願する声も高まっていた。でも真央さんにとっては、自分に参加資格がないということはもう何年も前から納得済みだったという。
「十歳くらいのころには、自分がトリノに出られないことはわかっていたんです。だから、小さいころから『バンクーバー・オリンピックに行く』ということが目標でした」
(浅田真央 私のスケート人生 浅田真央著)
5歳でフィギュアスケートを始めた真央さんは早くも10歳の頃には五輪出場を目指し、2010年に開催されるバンクーバー五輪を視野に捉えていたのだ。
浅田真央というスケーターを語るときに欠かせないのが、トリプルアクセルというジャンプの技だろう。ジャンプの中でも唯一前向きに踏み切り、空中で「3回転半」回る。踏み切り、高いジャンプ、回転、着氷のすべてがかみ合わないと成功しない最も難易度の高いジャンプである。
このトリプルアクセルを女子選手として初めて公式戦で成功させたのが伊藤みどり選手だった。10歳の頃から同じコーチの下で伊藤みどり選手と一緒に練習するようになった真央さんは、伊藤選手に憧れ、伊藤選手がトリプルアクセルを跳ぶ映像を何度も見て練習に取り組んだ。そして身に着けたトリプルアクセルを武器に国際大会で華々しい成果を挙げていく。
2005年に世界ジュニア選手権では女子選手として初めてトリプルアクセルを成功させ、同大会で初出場初優勝を飾っている。目標としていたバンクーバー五輪にも出場を果たすと、競技では女子史上初となるトリプルアクセル3回成功を達成し、見事に銀メダルを獲得するのだ。
執筆=藤本 信治(オフィス・グレン)
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