戦国武将に学ぶ経営のヒント(第5回)主君に刃を向けずに実権を握る

歴史・名言

公開日:2015.10.13

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 豊臣秀吉から「天下の三陪臣(ばいしん)」と評された武将たちがいました。鍋島直茂(なべしま・なおしげ、1538~1618年)がその一人。陪臣とは「家臣の家臣」のことです。現代のビジネス社会でいえば、親会社の経営者が務まるほど優秀な“子会社の役員”といったところでしょうか。秀吉をして天下を差配する能力を持つ陪臣中の陪臣と言わしめた3人とは、まず上杉家の直江兼続、毛利家の小早川隆景、そして今回紹介する龍造寺家の鍋島直茂です。※

※鍋島直茂の代わりに堀直政とする場合もあります

 皆さんは『葉隠』という書物をご存じでしょうか。書名は知らなくても「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という言葉を耳にした方は多いと思います。直茂が興した鍋島藩の藩士が江戸時代に書いた、武士道精神を解説した全11巻の書物です。日本人としての在り方、生き方を理解する助けになるとして、現在も多くの経営者が愛読書として挙げています。その中で、武士の理想像とされているのが直茂なのです。

 群雄割拠の戦国時代に、直茂は主君に忠誠を尽くします。その能力と功績が周囲から認められて、トップ亡き後国主に上りつめていきます。直茂とはいったいどんな人物だったのでしょうか。

 直茂は1538年、肥前の国(現在の佐賀県・長崎県)を治める龍造寺家に仕える鍋島家に生まれました。義兄弟で主君となる龍造寺隆信に重用され、隣国、豊後の国(現在の大分県)を治めるライバルの大友宗麟が領地に侵攻してきた際には、籠城戦を進言。中国地方を支配する毛利元就に援軍を要請して、大友軍の撤退に成功します。…

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