戦国武将に学ぶ経営のヒント(第35回)仕える人物が変わっても評価され続けた池田輝政

歴史・名言

2018.04.10

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 外国人観光客が急増し、インバウンド需要が盛り上がっています。日本を訪れた外国人に人気の観光スポットの1つが、世界遺産であり、国宝でもある姫路城。大規模改修され、白く輝く天守閣は一見の価値があります。その姫路城の礎を築いた戦国武将が池田輝政です。

 戦国時代には、個性あふれる数々の勇将や猛将が存在しました。しかし、数々の武功を挙げ、信長、秀吉、家康という東西の天下人から厚い信頼を得た池田輝政は、そうした武将たちとは異なり、並外れた個性の持ち主というわけではありませんでした。それどころか、一種の“目立たなさ”を持った人物といえるかもしれません。

 輝政は1564年、織田信長の重臣・池田恒興の次男として尾張国(現・愛知県)に生まれ、父、兄の元助と共に幼少の頃から信長に仕えます。“目立たなさ”を持ったと言いましたが、輝政は大変武勇に優れた人物でした。1580年には16歳で花隈城(兵庫県神戸市中央区)の戦いに参戦。信長から感状(戦での手柄を褒めるために上官が与える書き付けのこと)を授けられるほどの活躍を見せます。

 1582年には仕えていた信長が本能寺の変で急死し、池田家は秀吉に仕えるようになります。翌年には、小牧・長久手の戦いで父と兄が戦死。輝政は、若くして池田家の家督を継ぐことになりました。

 当主となった輝政は、秀吉の下で働き、紀州征伐、富山の役、九州平定など、秀吉の主要な合戦の大半に従軍。1584年に10万石の領主へと出世します。さらに、秀吉が北条氏を攻め立てた1590年の小田原征伐では先陣を務め、その武勲により15万2千石を拝領。秀吉の臣下として存在感を確かなものとします。

評価に納得できれば、敵(かたき)であっても仕事をする…

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