戦国武将に学ぶ経営のヒント(第70回)名僧の教え(1)政宗を育てた「へそ曲がり」と「虚心」

歴史・名言

2021.03.08

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 名将の陰に名僧あり。人間形成を行う幼少期の教育係として、折々の相談役として、また策を授ける参謀として、多くの僧が戦国武将の活躍を支えていました。織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も、こうした僧なくしては私たちが知る活躍はなし得なかったでしょう。

 今回から、戦国武将が僧侶から受けた教えに焦点を当て、シリーズとして紹介していきます。第1回は、伊達政宗を育てた虎哉宗乙(こさい・そういつ)の教えです。

 虎哉は、1530年に美濃国(現・岐阜県)で生まれました。虎千代と呼ばれていた子どもの頃から天才の呼び声高く、近くの寺から聞こえる読経を耳にして、その経をすべて暗記してしまったというエピソードが残っています。のちに岐秀元伯(ぎしゅう・げんぱく)、快川紹喜(かいせん・じょうき)という臨済宗妙心寺派の高僧に師事して修行を重ね、自らも名僧として知られるようになりました。

 東北地方を巡歴した折、虎哉は東昌寺という寺を訪れます。東昌寺の住職・大有康甫(だいゆう・こうほ)は、奥州の武将・伊達輝宗の叔父に当たる人物。これが縁で輝宗の知遇を得、輝宗は6歳になる嫡男・梵天丸(後の伊達政宗)の教育係となるよう虎哉に依頼します。虎哉は固辞するものの、器量を見込んだ輝宗に説得され、1572年、奥州に赴くことになりました。

 虎哉の教えは“へそ曲がり”で知られています。例えば、梵天丸に言ったという次の言葉。

「痛ければ痛くないと言え、悲しければ笑え、暑ければ寒いと言え」

 感じていることと逆のことをしろという、へそ曲がりです。しかし、これはひねくれろということではありません。人の上に立つものは簡単に物事に動じるようではいけない、常に冷静でないと判断を誤るという帝王学を、後に伊達家を継ぐことになる梵天丸に授けたのです。

 また、虎哉は「他人の前で横になるな」とも言いました。これも、ずっと立っていろという単なるへそ曲がりではありません。眠いからといってすぐに横になるようでは示しがつかない、常に見られてもいい姿勢でいろという、リーダーとしての心構えです。政宗は、たとえ病床にあっても家臣と顔を合わせるときには体を起こし、生涯この教えを守ったといいます。

もう1つの教え「虚心」に込めたもの…

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