戦国武将に学ぶ経営のヒント(第87回)戦国武将の失敗学④ 籠城戦の敗北が見せる「孤立の危険」

歴史・名言

公開日:2022.08.16

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 戦国時代の戦は、山や川といった攻撃を防ぎやすい場所を舞台に行われることが少なくありませんでした。その一方、敵の領地に深く入り込んでの攻城戦、城にこもっての籠城戦でも名の知られている戦が多くあります。

 一般的に、水攻めや兵糧攻めなどの印象から、城をめぐる攻防では籠城戦が不利だというイメージがあるかもしれません。しかし、攻める側は守る側の5~10倍の戦力を要するとも言われており、基本的に籠城側が有利とされています。

 籠城側の勝利に終わった戦いとして有名なのが、第1次上田合戦です。この戦いでは、信濃国(現・長野県)の上田城に真田昌幸が籠城。徳川家康が攻め入りますが、1カ月ほど攻撃しても攻め落とすことができず、撤退を余儀なくされ、真田の名を一躍高める結果となりました。

 また、武蔵国(現・埼玉県、東京都、神奈川県北東部)の河越城をめぐる戦いでは、上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の反北条連合軍が8万(※諸説あり)もの兵を率いて北条綱成の守る河越城を包囲しましたが、北条軍の勝利に終わっています。

 そのほか、安芸国(現・広島県)の吉田郡山城を舞台にした戦いは、実際の戦いは野戦が主だったため正確には籠城戦とは言えないかもしれませんが、吉田郡山城にこもった毛利元就が尼子晴久を打ち破りました。

 もちろん、籠城側が敗れ去った戦もあります。その一つが、城内が凄惨な飢餓状態に陥ったため「鳥取の飢え殺し」の異名を持つ第2次鳥取城攻めです。天下統一をもくろむ織田信長は、豊臣秀吉に中国攻めを指示します。秀吉は毛利氏の勢力圏である中国地方に攻め入り、因幡国(現・鳥取県)の鳥取城にまで軍を進めました。

 秀吉軍は毛利氏方の山名豊国が居城とする鳥取城を攻め落とし、豊国は降伏。豊国は信長の臣下に入り、信長方として鳥取城を守ることになりました。

 これに対し、豊国の家臣が反発。豊国を追放し、毛利氏の重臣である吉川経家を鳥取城に置きます。秀吉は再度、鳥取城の攻城に取り掛かりました。これが、第2次鳥取城攻めです。

鳥取城を「孤立」させた秀吉の作戦…

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