このデジタル市場競争本部は、今や生活に欠かせないスマートフォンを使ってさまざまなサービスを享受できる「モバイル・エコシステム」において「公平・公正な競争環境」を実現することで、国民が「多様な主体による多様なサービスを選択」でき、その恩恵が受けられることを目指している。
今回の最終報告では「モバイル・エコシステム内の各レイヤーにおいて、多様な主体によるイノベーションと消費者の選択の機会が確保されること」「セキュリティ、プライバシーの確保が図られること」という、モバイル・エコシステム全体のあるべき姿を示し、実現に向けての方策を示している。
今後は最終報告を踏まえ、諸外国の状況を見極めつつ、モバイル・エコシステムにおける「公正、公平な競争環境」の確保のため、必要な法制度の検討を行っていくとしている。また、パブリック・コメントで内外からの意見を求めるとともに、関係するステークホルダーとの対話を継続、諸外国の関係当局とも連携を図っていく。
現在、ネットショッピングやネットバンキング、実店舗でのスマホ決済など、スマートフォンが経済上の「顧客接点」として重要な役割を担う状況がある。また、スマートフォンは、多くの機能を備え、なおかつ携帯性が高い特性により、パソコンやタブレットなど他の機器とは代替し得ないことから、今後もスマートフォン中心の状況が継続していくと考えられる。
モバイル・エコシステムの面では、スマートフォンという強い顧客接点の上に、GoogleとAppleという2つのプラットフォーム事業者で寡占されたOSレイヤーの上に、OSを基盤とする各レイヤー(アプリストア、ブラウザー、検索サービスなど)が階層化する「レイヤー構造」が形成されている。モバイルOSのシェアについては、2022年稼働台数ベースの統計によると、Androidが5割超、iPhoneが4割超となっており、すべてのスマートフォンはどちらかのOSで動いていると表現できる。これらプラットフォーム事業者は、OS内のルールづくりも可能なため、アプリストア、ブラウザー、検索サービスなどOS上の各レイヤーでも、自社サービスの地位をより強固に固定化することが可能とする見方もある。
実際、iOSの場合、アプリはApple純正のApp Storeを通してのみ入手できる仕様、アプリ代金やサブスクなどの支払いもAppleの決済システムを通して支払う仕様となっている。ブラウザーはGoogle ChromeやMicrosoft Edgeなども使用可能だが、iOSの他の機能との連携などにおいて、純正のSafariが有利な状況が見受けられるなど、純正のものが独占する状況、もしくは有利な状況は明らかだ。モバイルOSにはAIによる音声アシスタント機能が付属するが、これを使う状況においても、純正の機能やアプリが密接な状況がある。 Androidも似た状況があり、Googleのサービスを中心に使う仕様だ。
最終報告では、こうした競争上の懸念に対応するために、政府が規律の大枠を定めつつ、事業者の自主的な取り組みを尊重する規制枠組み(共同規制)、一定の行為類型の禁止や義務付けを行う規制枠組み(事前規制)という2つのポリシー・ミックスの方向性で今後、ルール作りを行っていく方針を示している。
デジタルプラットフォームを巡る諸外国の動向と、日本のめざす方向
こうしたデジタルプラットフォームの寡占状態に対する諸外国の動きを見てみよう。デジタルプラットフォームが強大な影響力を持つ中、事後的となってしまいがちなこれまでの対応では限界があるとして、デジタルプラットフォームを巡るルール整備について、各国で動きが活発化している。
例えば、第1ステージとして、2020年7月施行のEUの「PtoB規則」、2021年2月施行の日本の「デジタルプラットフォーム取引透明化法」が、開示義務、手続きの公正性確保の動きとして挙げられる。これらは大規模プラットフォーム事業者に限定するアプローチを、世界に先駆けて導入したものだ。
これに続き、第2ステージとして、ドイツ、EU、韓国で法改正が行われた他、英国でも法案が提出されるなど、禁止行為や一定の行為の義務付けが行われている。その中で、ドイツにおいては2021年1月、改正競争制限禁止法が施行された。「複数市場をまたぐ競争に対し決定的な重要性を有する事業者」の濫用規制を導入し、Google、Meta、Amazon、Appleを規制対象であると決定した。EUは2022年4月、大規模プラットフォーム事業者に対する事前規制として禁止行為リストを規定した「デジタル市場法案」について議会とEU理事会との間で合意が成立、2023年5月に施行されている。
また、アメリカでは、商務省が2023年2月、モバイル・エコシステムがGoogleおよびAppleの2社による寡占状態にあるとして、これを是正するため法整備を行うことを提言。英国では2023年4月、デジタル市場に関する競争および消費者法案が提出された。韓国では、2021年9月、アプリ内課金において特定の支払い方法を強制すること、アプリの審査を不当に遅延させることを禁止する「改正電気通信事業法」が施行されている。
今後どうなる?傾向と対策
政府として「モバイル・エコシステムにおいて、セキュリティやプライバシーを確保しつつ、公平、公正な競争環境を実現することにより、多様な主体によるイノベーションの活性化と消費者の選択の機会の確保が図られることを目指していく」というポリシーは、立派なものだ。
ただ、例えばAppleのアプリストアは、Appleのポリシーや基準を通す仕様のため、セキュリティやプライバシーが確保され、ある意味「安全な状態」が保たれている、ともいえる。実際、Appleのアプリストアは基準が厳しいゆえ、Androidよりも安全、ともいわれる。
つまり、独占状態や寡占状態であるからこそ「守られている」要素も否めない事実である。これがサードパーティーに開放されたら、いくら政府が「セキュリティやプライバシーを確保しつつ」といえど、安全性は誰がどう保証するのか、との懸念もある。今回の報告はまだ検討中の状態にある。他方で、「パブリック・コメントでこうした安全性の懸念を訴えよう」という動きが一般ユーザーに広がっている点も注目すべきポイントだろう。
少数事業者に寡占されたサービスに利用が限られ、ユーザーが「多様な主体による多様なサービスを選択」できない状況、プラットフォーム事業者以外のサードパーティー事業者の「公平、公正な競争環境」が確保されない状況はもちろんある。しかし、それにより安全性が損なわれるのはあるべき姿ではない。現在のプラットフォーム事業者に規制やルール整備を行うのであれば、「できる限り」ではなく「確実な」安全性の担保が必須だ。まずは自分の身を守るためにも、今後の動きを注意深く見守っていきたい。
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